過去文章寄せ集め祭 開催中
| 去年書いていた徒然なる文章。いま読んでみるとかなりキモい。でも、どう考えても自分の書いた文章だな、と思ってしまう。
日記 以下の文章すべては『文献便り』から。ヘンなのばっかり。 「え・・・もしかして小島君じゃない?」 「うわぁ、ショウくんだ、まいったなぁ」 「小島君、この間、確か事故で・・・」 「そのはずなんだけどね」 「へぇ、すごいなぁ、だって口からブワァって血出てたよねぇ?」 「あれウソだもん」 「え!?」 「あれイソジンだから」 「え?あの喉うがい薬の?」 「うん」 「なんだよー、俺、あれ、血だと思ったんだよー、もう。」 「バカだなぁ、ショウ君は。イソジンは少し紫っぽい色でしょ。」 「色の違いなんかわからないよ。あの状況で。なんであそこであんなことしたの?」 「演技だよ、演技。いまねー演技にはまってるの」 「演技?路上で?」 「うん。路上でもやるし舞台の演出もやってるの」 「え?ジーコ、舞台演出とかやってんの?かっこいいなぁ」 「やめてよぉ、昔のあだ名で呼ぶのは。恥ずかしいよぉ。ジーコだなんて。」 「いや、それはどうでもいいんだけどさぁ、どんな演劇やってるの?ねえ?」 「鶴の恩返し 〜青春ゲットバック〜 ってやつ」 「おもしろそぉ、どんなん?」 「おじいちゃんがね、恩返し受ける的なことをするのね、なんかいい事をね。」 「うんうん」 「そんでー、ある吹雪の日にね、きれいな女の人がおじいさんの家にやってくるの」 「うんうん」 「うん、そんでー、泊めてよーん☆ って感じなのね」 「うんうん、いい感じだね。星印がついてるのね」 「そうなの、で、おじいさんはまぁ、おばあさんの手前ね、しぶしぶ泊めてあげるの」 「え?・・・別に外は吹雪なんだから泊めてあげるのは・・・当然だよね?」 「バカだなぁ、ショウ君は」 「え?!」 「おじいさんとおばあさんはすごく仲良かったんだよ、夜もね」 「あ、そういうことかー、ジーコすげぇなぁ、え、でもさー原作って男の人が一人で住んでるんじゃないっけ?」 「え?」 「おじいさんとかおばあさんって出てこないよね、この物語の中には」 「・・・・・・」 「確か・・出てこなかったよね」 「間違えた」 「あ、間違えた?」 「うん、間違えた」 「いいんじゃない?間違えても。」 「うん、いいわ」 「ほんで、その後どうなるの?」 「うん、そんでね、あの状況になるのよ」 「あれね、ぜったい覗かないでください的な状況にね」 「そうそう。そんでね、おじいちゃんね、もう我慢汁出てきちゃうのね」 「え?」 「あ、違う、がまんできなくなるのね」 「うん、ほいで覗いちゃうんだ」 「そう、で、覗いたら部屋の中ではそのきれいな女の人が・・・」 「うんうん」 「プレステ2やってたの」 「・・・・・・」 「すべった?いま俺すべった?」 「うん、なんかなぁ、すっきりしないね」 「うそだよ、ホントはね、なんと、見知らぬ男と合体してたの、男の上にね乗ってたの」 「え?・・・なんで」 「そんで、おじいちゃん怒っちゃって、うちで何してるんだーって言うんだけど、気づいたら参加しちゃってて3Pになっちゃうの」 「・・・・・・」 「で!気づいたらおばあちゃんもまぐわってたの」 「4P?」 「そうそう」 「恩返しは?」 「おじいちゃ〜ん、下のほうはまだまだお若いですねぇ、みたいなね、言葉をね。若返りだよ、要は。」 「ほーん」 「で、もろもろのいとなみが終わった後におじいちゃんが頭下げて、ありがとうございます!って言うから。」 「風俗的な意味合い?」 「そうだね、風俗的な意味合いだね、ただで風俗行けたー的な意味合いね」 「あー、なるほど、全体的に下ネタだよね?」 「うん、下ネタだね」 「それ、舞台の上でやるの?」 「うん」 「鶴はどこに出てくるの?」 「出てこない」 「あ、そうなんだ」 「でも、あのー、青春ゲットバックでしょ」 「そうだねぇ」 ― 『猫の家』 「あ、桜井さんじゃーん」 「うわ、ショウだよー」 「うん、俺だよ」 「元気だった?」 「死にたい」 「え?」 「うそだよ」 「そういう悪質なうそつかないでよー」 「ごめん」 「いいよ」 「でさー、星人式行った?」 「え?なに??」 「だから星人式だよ、桜井さんは行った?」 「成人式でしょ!星人式じゃなくて!」 「あ、そうか!ごめんごめん・・・・・・え?じゃあ星人式って何?」 「それはあれだよ、あのーいろんな惑星の人が地球に集まって何かするんだよ。」 「え?桜井さん、それマジで言ってるの?」 「うん、だめ?」 「いいけどさー、そういうこと言うキャラだとは思わなかったなー。」 「キャラなんてサクサク変わるものさ」 「かっこいいこと言うねー、ところで星人式では何が行われるの?」 「読書」 「え?読書するの?星人たちが?」 「うん」 「なんでまた読書なの?」 「教養をつけるため」 「どうして教養をつけるの?」 「うるさいよ!知らねぇよ!そんなことよー!」 「そんなに怒んなくても・・・」 「だってトイレ行きたいんだもん」 「あ、そうか、だからカツカツしてたんだ。桜井さん、尿意30秒間隔だもんね」 「いや、そんな間隔短くないけどね」 ―『桜井さん、渋谷のハチ公を拝む』 ある週刊誌の記者が首相官邸の赤じゅうたんの上に何かを見つけました。 何やらちぢれ毛のようなもので、記者は拾って持ち帰ることにしました。 編集部に戻りそのことをみんなに知らせると、大騒ぎです。 「首相のちん毛だ!首相のちん毛だ!わーいわーい」 と大いに盛り上がりました。 でも神は知っていました。 それは首相のちん毛ではないということを。 ましてや官房長官のものでもないということを。 それは実はズボンのすそからスワリンッとこぼれ落ちた 記者自身のちん毛でした。 神だけは知っていました。 ―佐藤 翔 『佐藤翔 詩集2 神のお仕事』 大 人になれるアルバイトってなんだろうと考えて、おそらく家庭教師とか塾講師なんじゃないかなぁと思いました。子供を扱うというただそれだけのことによって 相対的に大人になれるというのもあるんだろうけど、自分は子供を扱っているんだ、という責任感を持つことは大人になれる近道になるんじゃないかと思う。子 供とまじかに接することで、子供は大人とは違ったメカニズムで動いている、考えているということを知ること、子供とは大人のように思い通りにはならないこ とを知ること、子供の柔軟で無制限で刺激的で美しい思考方法に触れ「大人」の意味を知ること、自分が子供を殺していたことを知ること、などさまざまなこと を知ることができる。じゃあ、マックやスタバなどほかいろんなアルバイトはどうだろうかと考えるとカテキョや塾講の間逆のような気がする。悪い意味の大人 になってしまうのかもしれない。自分を機械にし余計な思考を排する。できるだけ無機的に、できるだけ形式的に、できるだけ演技をして嘘をつく。ぜんぶウソ。ぜんぶ演技。早舩くんが言うように「大人ぶ」っているだけなんでしょう、実は。でも非難しようとは思いません。それは必要なことだから。でも先生とい う仕事はやっぱり違う。子供にウソはつけない。ついちゃだめ。先生という演技をしてるじゃないか!って?確かに演技かもしれない。でもその演技はかっこい い。子供のための、子供を生かすための演技。裏方かもしれないけれどなんだか聖なるお仕事なんじゃないかなぁ、と思います。 ―佐藤 翔 『仕事図鑑』 生 きてるっていいな。おいしいラーメン食べた時、生きてるっていいな。友達とたくさん話した時、生きてるっていいな。おもしろい映画を見た時、生きてるって いいな。自分に合った音楽を見つけた時、生きてるっていいな。京浜線から見た景色、生きてるっていいな。水菜にごまドレッシング、生きてるっていいな。お 笑いライヴに行った時、生きてるっていいな。松屋でビビン丼を食べた時、生きてるっていいな。変な人だねって言われた時、生きてるっていいな。風邪が治っ た時、生きてるっていいな。野良猫たちを追いかけている時、生きてるっていいな。金縛りにあった時、生きてるっていいな。メリークリ○○ス、生きてるって いいな。マスター○ーション、生きてるっていいな。だからお願い、死ぬなんて言わないで。大それた夢なんてなくていいんだよ。多くのおせっかいで愚鈍な人 びとはいろんなことを要求するよね、なかよく、たのしく 協力して、あかるく 積極的に 生きていこうって言うけどね、ぜんぶ欺瞞だからね、従わなくてい いよ。大事なことは目の前のひとつひとつの出来事を大切にしようということ。ひとつひとつの出来事に感謝しよう。ひとつひとつの出来事について考えよう。 ひとつひとつの出来事を愛そう。 ― 『生きてるだけで儲けもん!』 ―ジェンガ破壊― ボクの仕事知りたいの?いいよ。あのね、まずジェンガをやってる人を見つけるのね。日本中にね、ジェンガをやっているひとがいっぱいいるからすぐ見つか るんだよ。まぁレーダーとかそういうの使うんだけどね。それでね、ボクたちの支部が全国にあるからね、そこから派遣するのね、ジャンガ破壊工作員を。そん でね、こっそりね、その、ジェンガやってる部屋の床下に隠れるのね、そんでね、いいところで床を揺らすんだよ。そしたらね、カシャーンって崩れるんだよ。 ジェンガがね。やってる人たちはうわぁーって言うんだよ。え?クライアントが誰か知りたいの?ダメだよ。クライアントのことは絶対言えないもん。なんでそ ういうことやるかって?それもヒ・ミ・ツ。でね、そのジェンガやってる人はね、あ!いまなんか床揺れたよね、だよね、だから今のナシだね、へへーんだ、と か言うの。そういうのホントむかつくんだよね。こっちの仕事帳消しにしようとするんだもーん。だからね、そういうこと言った人はにね、少しだけ苦しんでも らうの。その人がね、ひとけのない小道にはいったところにね、うちの社員が隠れてるの、そんでシュッと現れて首を絞めるのね。そんでね、あのときの揺れは アリだよね?ってウチの社員が耳元で囁くのね、そうすると、うん、アリです、ごめんなさいって言うんだよね。でもね、一応謝礼払うんだよ、その人に対して はね、4千円だけね。でもだいだい現場の人は逆にタカッちゃうんだけどね、2万くらい。うーん、まぁ正直黙認してるって感じかなぁ。ウチはね、ジェンガの 販売もしてるんだよ、これはヒ・ミ・ツだよ。だって法律にひっかかってるもんね。でもね、ウチのジェンガはね鉄とか鉛とかあるんだよ、しかもね、磁石ジェ ンガも売ってるんだよ。磁石だとね、なかなか倒れないんだよ、だからすっごくいいの、勝ち負けとかないんだもん、積み上げたら完成だもん、崩れない楽し さ、わかるひとにはわかるんだよね。わかんないひとはわかんなくていいんだよ、そのまま死ねばいいから。え?ウンコのジェンガはないよ。だって手に纏わり つくからね。 ―佐藤 翔 『仕事図鑑』 お 笑いがどうしてこんなにも流行ってるんだろう、とか、最近はゴールデンなのにエロい発言が心なしか増えてきたなぁ、とか、ヨンさまブームすごいなぁ、と か、セカチューがどうしてこんなに流行るんだろう、とか、純愛!、とか、最近、シュールなお笑いが増えてきたなぁ、とか、トリビアが相変らず流行ってる なぁ、とか、俺流が流行ってるなぁ、とか、血液型が流行ってるなぁ、とか、ゴスロリが流行ってるなぁ、とか、椎名林檎の人気の秘密はなんだろう、とか、フ リーターが激増してるんだって?、とか、廃墟がちょっと流行ってるね、とか、エイリアンVSプレデター!!!、とか、織田裕二のラストクリスマス、とか、 坂口憲二のマザー&ラヴァー、とか、ね。これ、その、つまり、世界がね、限界に来てるってことを示してるんだと思うんだよね。もう、世界がね、いっぱい いっぱいなの。もうね、これ以上入らないよー、ってね、世界が言ってるの。もうね、おなかいっぱいだよー、って。だからね、いま上に上げたのはね、ぜーん ぶ、下剤なのね、世界がね、吐き気もよおしてるのね、だから下剤がいるの、ぜんぶね、ウンコにしなきゃだめなのね、ぜーんぶ。青木さやかとか波多陽区とか ね、切っちゃうでしょ、いつもの、みんなの世界をね、彼らはね、時代の必然なのね、時代が生んだのね、シュール系は切るのね、すべてを。ウンコにしちゃう の、ぜんぶ。すごいよね。だから力があるの。だからすごい力持ってるの。こういうのが受け入られるということはそれだけ世界が飽和してるんだね。だから一 言で言うとね、いま、まさに解体の時代なのね、あるいはアンチテーゼの時代でしょう、お笑いは既存の秩序のスキマに入り込み内部から破壊するような力だよ ね、ゴールデンにエロいこと言うのはね、理性的世界特有の堅苦しさが顕在化してきたことの帰結か番組の製作において目新しさを打ち出せなくて限界がきて下 ネタに頼っちゃうってことだろうね、ヨンさまブームはね、宮崎哲弥が言っていたように以前は崇高なものであったセックスが一般化、通俗化しすぎてしまった ことによるものだろうし、日本男児的かっこよさがもはや限界に来て、それを韓国に頼ってるのかもね、トリビアはね、対象とするものが既存のモノ、出来事に 向けられてるのよね、けっして新しさを作り出すのではなくて、新しさをみいだす、発見する番組だよね、変わったのはスタイルだけね。俺流ブームは成熟した 世界、完成されたこの世界でどうやって自己を実現していこうかという思考の表れだよね、血液型も似たようなものだね、自分らしさが見出しづらいために自己 を少しでもどこかに位置づけようと血液型に頼っちゃうんだろうね、ゴスロリはぜんぶに関してはわからないけど悪魔的なダークな負的服装のほうはやっぱり完 成された世界に対するアンチテーゼ的な意味合いなんだろうな。椎名林檎の人気はそれと同じです。世間的価値基準におけるマイナス部分からの攻撃、抵抗、ア ンチテーゼでしょう、人びとが普通、忌避する(と同時に惹かれる)セクシャルな世界を堂々と謳い上げますね、旋律もストレンジな奇妙さがあり独特でなぜか 戦慄を覚えます、これまでの歌手にはいないタイプでしょう、一部で教祖的扱いを受けるのも納得のいくことでしょう、フリーター増加も同じことね、絶対的 だった会社という制度が少しずつ脆くなりはじめていることや成熟社会をなんとかして乗り越えようという自己実現の欲求、あるいは自分はあたりまえのように 今日的な生き方することはイヤだ、「普通」がイヤだ、というアンチ従来世界という思考が根底にあるのかもしれないね。廃墟が一部で流行ってること、これは かっこつけて言っちゃうと、純粋な「存在」への回帰ね、限定する、制限する現代社会に対する抵抗なのね、モノが意味を失った世界、無意味の海、これが廃墟 なのね、だからね、僕ら廃墟探索家は廃墟を見たときに、これは本当に不思議なんだけど、何かシュールなお笑いを見たときのような感動や衝撃を受けるのね、 なんだか神秘的なんだよ、すんごく。廃墟はひとそれぞれの楽しみ方があると思うけど、一部の人は本当に奇妙な感覚を覚えるんだよ、独特の、意味を剥奪され た世界、どこかエロティックで恍惚な、一方で無限定が引き起こす不思議な不安さを覚えさせる不気味な場所なんだね、すごく大げさに言うとね、神と対峙する 感覚なんだよ。ホントだよ、神秘的なんだよ、でもね、こんなに言っても伝わらないだろうけどね。エイリアンVSプレデターは、単純におもしろそうで僕は好 きなんだけどね、やっぱり新しいエイリアン(異質なもの)のイメージが創造できないってことかもね。織田裕二のラスクリはね、あえてベタ路線だよね、新し い恋愛世界を創造するのが困難ということを示しているし、冬ソナに便乗してるのかもしれないし、あえてベタ路線を打ち出すことが新鮮に写ることを期待して るのかもね。坂口憲二のマザコンドラマは、これがずいぶん大胆なことを打ち出したなと思ったよね、これまで焦点を当ててこなかったマザコンを正面から取り 上げるとは大胆だよね、思い切った路線を行こうという気概が感じられるね、おそらくね、僕の予想ではこれから哲学が流行るんじゃないかなぁと思ってるんで すよ。もちろんまだまだですけどね、たぶん30年後にはかなり哲学病患者増えてますね。時代は解体を必要としてるんですからね、おそらくみんなそれに気づ くでしょうね、そのとき、みんながそれに気づくとき、哲学の時代が来ますね、すごいですね、哲学の時代だなんて。懐疑の時代ですよ、アンチテーゼの時代で す。いや、哲学というカタチを取るかどうかはわからないですね、一種の革命・・・でしょうか、いえ、アンチテーゼという表現にとどめときましょうか、あは ははは、解体したあとはどうなるんだろう、それはいつのことだろう、どこまでウンコ化の時代は進むのでしょうか、再創造の世界はいつ来るのでしょうか。 ―『限界状況 解体の時代、そしてウンコ化へ』 白濁の濃厚なとんこつスープに絡むは極太のちぢれ麺であります。箸はもはや僕の欲望そのものでしょう。あぁ、吐息が溢れちゃいましょう。欲望に絡んだ麺たち は、すぼめたクチビルという場所へ、うーーーー、ドゥアーイレクゥゥトォ!シュボリパーンであります。食べるということ、あぁ、なんとセクシャルでしょう か。僕のダイナミックな食べっぷりを見たのか、店長は「食欲は性欲みたいなものさ」と言いたげでした。僕はソッと店長にウィンクしました。あとでね、の意 味です。ふと、気がつくは、ナルトの不気味な挙動であります。ショバトゥフォワーンとゆらゆらと動くナルトでありましょうか。箸は欲望であることをやめ、 今度は理性となり、ナルトをゆっくりと持ち上げました。あぁぁぁ!!!神様ーー!そんなところでなにをされているのですか。周到ですねー!いつもあなたと いうお方は・・・。ナルトの下には神様がいたということです。白濁の濃厚なとんこつスープの中で溺れていました。「おめでとうじゃよ、わしは神様じゃん よ、食欲は食欲なんじゃよん、ほよよ〜、そなたがいくら根本を見つめようとしても、重視すべきは現・・・」とおっしゃり続けまする神を、ナルトで溺れさせ 殺しました。神を殺したのはもう149回目でしょうか。店長が僕を見ています。あぁ、視線、視線それ自体!・・・なんとセクシャルでしょうか。僕はソッと 店長にウィンクしました。あとでね、の意味です。 ―『佐藤翔短編集14 しつこい神』 男とか女とか子供とか大人とかきれいとかきたないとか美人とかブサイクとかその他のさまざまな単語、つまり言葉はいろんなモノを定義し、意味付与をし、 この人間の世界を豊かにしてきたかもしれない。極端に言えば、言葉が世界を構築してきたとも言えるわけで。でも、こういう営みは意味付与と同時に価値を付 与してしまったから厄介でしょうがない。しかもこの価値が少なくとも僕にとっては気持ち悪くてしょうがない。うんざりする。言葉の存在がどれだけ一部の人 間を束縛し、苦しめているか。いや、言葉を責めてもしょうがないか。それを使用する人間が問題。寛容と分析の心を持つ良き人間はイメージ→言葉でモノを考えるんだろうけど、そしてそれが当然だろうと思われるかもしれないけれど、大方の愚劣な人間は実は知らず知らずのうちに言葉→イメージでモノを考えてるの ではないだろうか。テニス選手→とにかくすんごい!というふうに。崩せ崩せ崩せ崩せ。いつも思う、神は自分なのに、と。 ― 『事実をそのまま受け入れて−寛容と分析の心−』 お兄ちゃんは人間という種族の巣の中に入ったときに殺されました。たまたまなにかのきっかけで人間の巣に迷い込んでしまったそうです。そのとき部屋には人 間のオスがいて四角い光る箱をひたすら凝視していたそうです。お兄ちゃんはそのオスの左前足にたどりつきました。そのオスはすぐにお兄ちゃんがいることに 気づきました。そしてなにか白い塊で殺したそうです。この話はお母さんに聞きました。お兄ちゃんが殺されてすぐそのオス人間の家に突然もう一匹のオス人間 が入ってきたそうです。そのオス人間は顔面部を赤く蒸気させお兄ちゃんを殺したオス人間のところに近づいていきました。そして殺しました。突然入ってきた オス人間はくるりと振り返り猛烈な勢いで出て行きました。四角い人間の巣の中にお兄ちゃんの死とオス人間の死がありました。そのようにその場には二つの死 がありました。 ― 『死の角度』 僕 ねー、およそこの世に存在する事物ってね、人間を媒介にした瞬間に詩化すると思うんですよ。詩化ってのはポエム化とか芸術化って言ってもいいんだけどさ、 要はね、事物が人間を媒介にした瞬間にね、それはもう詩なんですよ、まぁ、あれですね、芸術って言っちゃってもかまいませんけどね。ファッションはまぁモ チそうっすよねぇ、どんなに自分は主張してないって言っても、どんな地味な服きてもそれはその人を表してますよね。メガネだってなんだってそうですよ。ど んなメガネかけてるかで、その人のバックグラウンドがおぼろげにですが表れてますからね。香水もそうっすよ。その人が自分の自分らしさをメタファーとして ね、表出する手段なんですよ。その人がどんな香水つけてるかで、もちろんね、ぜったいとは言わないよ、でもさ、なんかわかってしまうよね、そのひとの世界 観みたいなものがさ。これらすべては芸術だし同時に詩なんですよねぇ。美しいと思いません?香水って詩なんですよぉ。ははっはははは。それでね、世阿弥が 言ってるけど、草木の花ってのは四季折々に色々な花を咲かすから面白いんであって、年中同じだったらつまらないわけですよ。まったく興味がわかないわけ で。で、世阿弥はこれを能に適用して語ってるんだけどね、香水もやはりそうですよね。季節はもちろんのこと、人と同じではだめなんですよ。おもしろさは新 鮮さからうまれるわけですよ。工夫ですね、工夫。あ、この人の香りっておもしろい!独特だ!と思われるようないわゆるオリジナリティが欲しいんですよね。 香水って芸術ですよ。香りの中に世界があるんです。調香師はそういうの意識してると思いますよ。概念っていうか。もちろんそれはね、つける人も作者ではあ るんですよ、その特定の!人がつけることによって特定の!世界がそこには構築されると思うんですよ。でね、なんと嗅ぐ側も作者なんですよ!鑑賞者であると 同時にやっぱり作者なんですよ。というのはね、その世界を受容する客体である「嗅ぐ側」の態度ってのが重要になるからなんですがね。これは岡倉天心が言っ てますけどね、芸術を鑑賞する鑑賞者は積極的に自己を解放し謙虚な態度で臨まなきゃいけないんですよ。そういうことができてはじめて作者との交流ができる わけですよね。彼はね「互譲の精神」ってのを強調してます。だからね、香水で言えばね、「嗅ぐ側」はね、積極的に共感をしようという試みが重要になるんで すね。「あぁ、この人はこんな香りをまとってる、うーん、最近アグレッシブだなぁ、あれかな、彼女でもできたのかな、いや違うかなぁ、ふられて新しく彼女 ゲットかなーー、いや、待てよ、あぁ!香りがさっきと違うぞ、おぉーと!セクシーだ、今夜は燃えちゃうんじゃないの?おいおーい!」とかね、こんな感じで ね。ちょっと違うかもしれませんけど、嗅ぐ側もそのひとには対してこんなふうにね、特定の概念貼りをするっていう点でね、これも作者的だと思うんですね。 嗅ぐ側ってのは主客でもあるし客体でもあるんですね。そういうのってすごくおもしろいと思います。主客と客体の調和ですね。今回はやめときますけどこれは シーン別とかいろいろと深く言えると思います。この場合は間のお話になって大変おもしろいんですけどね。それで主客の調和にはやっぱり適切な香水のチョイ スですよね。これはね、え、何、休憩時間なの?うん、じゃあ次回にでも。うん、ありがとう。 ―佐藤 翔 『芸術ラーメン その一杯が真理への道』 ジャ ズ喫茶、ジャズキッス、だから何って?いや、別に。机の照明だけを残し、部屋の照明は消してしまいます。そしてジャズを流しませう。するとどうでしょう。 我が家がジャズバーに、ないしジャズ喫茶に!そしてキッスをしちゃいましょう、な、なんと!ジャズキッスに!ジャズのCDと恋人さえいればあなたの家はス テキ空間。さぁ、レッツゴー、インスタントジャズキッスの世界へ。。。 ―パンダ山本 『ジャズ喫茶の作り方』 自分の見えないところで多くの人が傷ついている。いや、傷ついているどころか傷つけている場合があって、自分が存在しているだけで、人間は存在するだけで、 特定の人が存在しているという事実だけで、人を傷つけるときがあるね。存在それ自体が本当に救いになるときもあるけれど存在それ自体がたえず暴力になる可 能性を孕んでいるなんて。 ―『傷』 目が慣れるまでの漆黒の時間。鼓動は高鳴り自分は動物であることを再確認する。退化した感性はその本来性を取り戻し、僕は新しい視点をそういう意味で手に入 れる。美しさとは何かと問われたら、完全とは何かと問われたら、まさしくこのことではなかろうかと考えた。意味や秩序に覆い隠された僕の精神は肉体へとその主導権を引き渡される。一種の秩序越えがそこでは行われる。巨大な象は猛々しく暴れだしジャングルの木々はなぎ倒され洞窟への道を探し当てる。くり返し発声される鳴き声にはあまり意味がない。 ―佐藤・H・翔 『変態人生まっしぐら』 ※司=司会者 司 「はい、今回のディベートのテーマは『犬と猫どっちがかわいいか』です」 「え?それって決まらなくないですか〜?」 「いやーそんなことないでしょう。だってこうやって文章になるんだから」 「じゃあまぁやってみますか」 「僕は犬派ですね〜」 「どうしてですか?」 「だってやっぱりなつっこいじゃないですか。なんていうか無条件の愛って感じでさぁ」 「いやぁそれは別にかわいさの要因にはならないでしょ。僕は断然猫派ですね」 司 「水島さん、あなたはどうして猫派なんですか?」 「だってほら顔がすっげーかわいいじゃないですか。キュートっていうか」 「は?バカじゃないの?かわいくない猫もいるだろが。おまえんちの猫だよ、あれブタじゃねぇか。」 「あんた!見たことあんのかよ、うちの猫を!」 「見たことねぇけどさ、どうせ飼主に似てんだろ?じゃあブタだろが!ブーブーって言ってんじゃねぇの?ははははは」 「ひどすぎる!うちの猫をブタよばわりするなんて。猫をブタだなんて!」 司 「いいんじゃないですか?ブタでも。私、ブタ好きですよ」 「司会者さんまでそんなことを・・・。ブタは今回は関係ないでしょう!」 司 「私、見たことありますよ。確かに水島さんちの猫はブタでした。それはやっぱり確かだと思います。」 「ちょっと〜言いすぎですよ!猫がブタっておかしいじゃないですか!」 司 「いや〜ごめんなさい。そうですね。言い過ぎました。ごめんなさい。」 「も〜、ホントひどい人たちだなぁ。うちの猫はホントかわいいんですよ。もう〜。」 「・・・・・・はぁ・・・だからかわいくねぇって言ってんじゃねぇかよ!調子乗んなよ!」 「ええ?」 「おめぇの猫、あれだよあれ、ウンコだよ、ウンコウンコ!」 「ウンコって・・・それ、ちょっとひどくないですか?ちょっとひどくないですか?」 「泣くなよ、いちいちさぁ。事実だろ。しょうがねぇだろが!」 「うちの猫はウンコじゃないです!そんなことあるわけないじゃないですか!そんなこと・・・」 「は〜?ぜったい違うって言えるのかよ!?お前んちの猫はぜったい!ウンコじゃないって言えるのかよ!?ぜったい!」 「いや、ぜったいって言われると・・・うーんうーん。」 「ほら、ウンコかもしれねぇじゃねえかよ。な!?茶色だろ、たしか。」 「うーん、まぁいやでも・・・ウンコのはずは・・・ないと思うんだけど・・・。だって猫がウンコって・・。いや、でも確かに茶色だけど・・・いや、ウンコってそれは・・」 「うるせぇなぁ!おめえの猫はウンコなんだよ!はい!それで決まり!」 司 「水島さん、水島さんの猫はウンコということでよろしいでしょうか?」 「はい、その通りです。うちの猫はウンコです。」 ―高橋 今男 『ディベートの磨き方』 「おーい」 「あー、ショウ」 「桜井さん、あれだよね、ぜったい携帯出ないよね」 「あーごめんごめん。あとで気がついた」 「いや、まぁ絶対出ないと思ってかけてるからいいんだけどね」 「出るよ出るよ」 「うん、Tシャツを見せたかったの。作ったやつ」 「あそう。どういうの」 「すごく評判が悪かったよ」 「あー、まぁショウだからね」 「うん、それはある」 「ホテルはどうなの、バイト」 「大変だよー、でもね、この間、中を案内してもらったよ」 「おー」 「やっぱすごいよ、さすが御三家と呼ばれるだけのことはある」 「御三家、そんなのあるの?」 「うん、帝国ホテルとニューオータニと・・・どっか」 「へぇ〜、・・・・実はさ」 「うん、なに?」 「俺もさー、御三家だけどね」 「・・・」 「・・・」 「えー!桜井さんって御三家だったの!?」 「うん、ごめん。ショウには隠してることがあと239個あるからね」 「多い!」 「実はさー、ショウもさー、もうちょっとで御三家になれるとこだったんだよ」 「うそー!?知らなかった。そんなこと聞いたことないよ。親からも!」 「うん、俺が口止めさせてるからね」 「えー!そんな力持ってるの?!」 「まぁね。御三家だとね、あの、あれコタツがもらえるの」 「あー!あの桜井さんちにあったあのコタツ?汚いやつ」 「そうそう。」 「えー、どうやってなるの?御三家に」 「二年前、中目黒に行ったら誘われたの、で、500円払って」 「あー、うーん、へぇー」 「うん、運命だね」 「そうね、運命だね」 「新宿でもいいけどね」 「あーそうなんだ。さっき行ってきたのになー」 「行ってきたんだ」 「うん。朝起きたら大学どころじゃなかったの。新宿のユニクロに行かなきゃなって」 「はいはい」 「で、四ツ谷に来たんだけど、ね、今日のこの炎天下でしょ。」 「うん」 「で、究極の選択に陥ったわけ。はなまるを取るか社会学を取るか」 「は?はなまるって讃岐うどんの店でしょ?」 「そうそう。このくそ暑い中でしょ。究極の選択だよね」 「で?」 「はなまるに行ったの。やっぱりね。俺の選択は間違ってなかったわ」 「はぁ。うん。はぁ」 「あれだよ、桜井さんの生き方でしょ。こういうの」 「まぁね。どこに価値を置くかはこちら側の問題だからね」 「そうそう。ファーストプライオリティがはなまるだったというそれだけ」 「でも単位取れなかったらどうするの?」 「そのときは大学やめるよ」 「は?」 「いや、65パーセント冗談」 「ふーん」 「あー時間やばい。次ドイツ語だわ、桜井さんは終わりでしょ?もう」 「うん、これで終わり」 「今度、ニューオータニの安いコーヒーショップでなんか話そうね」 「うん、いくらくらい?」 「一杯210円かな」 「あーそれならね」 「うん、桜井さん、この間あまりに高い喫茶店入ってぶち切れて全裸になったもんね」 「いやー、なってないよ」 「あ、そう。」 「じゃあね〜」 「じゃあねー」 ― 『桜井さん、俺が神宣言』 メ ンマ食べたい、と思い立ち近所のスーパーへ。でもメンマにしてもいろんな物が出ている。やわらぎもあれば長ネギメンマなるものまであったりして。僕はスタ ンダードな桃屋の瓶詰めメンマを買い、ウキウキしながら自宅へ猛ダッシュ。ドア開け、手洗い、うがいして、テーブル整理し、メンマ瓶を置きます。瓶にまと わりついているセロファンみたいなものを荒々しく剥がし、フタを回しにかかる。ポン!というなんともいえなく心地よい音がし、メンマたちが姿を現す。メン マのなんともメンマめいた匂いがホンワリと部屋じゅうをつつむ。なんて大げさ。あっ、ハシ忘れたと気づき台所にダッシュ。確保して再びテーブルへ。よっ しゃよっしゃと鼻息荒く、おりゃりゃーっと勢いよくメンマ間めがけてハシ挿入。躊躇。ストップ。チュウチョー!と思わず叫ぶ。メンマの間で何かが動いた、 うん、動いた動いた。白くてちっちゃな何か。なんだろう、と思い凝視。凝視。凝視。よく見れば小さな猫だった。小さい小さい三毛猫。それもまだ子猫。体長 一センチくらいだろうか。あー、はいはい、これ聞いたことあるわ、最近流行りのメンマ猫じゃーん、と僕は感動。それを丁寧にハシでつまみあげ、裏返しにし てあった瓶のフタに、傷つけないようにゆっくりと置く。フタの上にちょこんと小さくおすわりしてる。かわいい。ただでさえかわいいのにちっちゃいからます ますかわいいしこねこだからもっとかわいい。猫は裏ブタについたメンマの汁やらちぢれたものと戯れている。一生飼い続けよう、そう僕は思いました。猫は汁 にまみれてしまったので洗うことにし、フタにのせたままゆっくりと持ち上げ、台所へ運びました。しかし流しのすぐ横にフタを置こうとしたとき、手が滑りま した。フタは空中でひっくりかえり、猫は排水溝へと流れていきました。 ―佐藤 翔『メンマ猫の見つけ方』 「あー、桜井さん」 「あー、ショウ」 「桜井さんさー、波動拳っていつまで出せるって信じてた?」 「波動拳って、あのー、ストUの?」 「そうそう。俺はさー、小3のころまで出せると思ってたんだよね」 「うそー、えー!」 「ね。そんなもんどんなにがんばったって出せないんだよね。いやー子供のころはもう」 「え!俺、四日前まで出せると思ってたよ」 「え?桜井さん、四日前まで波動拳を出せると思ってたの?この手で、この手でだよ」 「そうそう。あのねーあれねー完璧には出せないんだよ」 「どういうこと?」 「ちょっとは出せるってこと」 「えー!桜井さん、波動拳出せるの!?」 「まぁね」 「ちょっとー、聞いてないよ、そんなこと」 「だって言わなかったもん。ショウには隠してることがあと240個あるからね」 「ちょっとそれ多すぎない?240ってさー」 「じゃあさー見せてあげようか、波動拳」 「見たい見たい!」 「ほれ!」 「あー、なるほど、そうきたか、それなら出せるわ、俺も」 「でしょ。そうだよ。波動拳なんてさー、こんなもんなんだよ」 「ね。なるほどねー。世の中ってもろいねー」 「そうそう」 「だって桜井理論によれば桜井さんもウンコも同一だもんね」 「あー、ウンコね、うーん」 「しかも桜井さんの家って陸の孤島だもんね」 「それ前も言ったよね。この話と関係ないしね」 「うん。でも言っといたほうがいいかなって思って」 「うん。まぁね」 ―佐藤 翔 『桜井さん、249個の秘密』 涼
しい風が頬にあたる。ちょうどここちよい。前方にボンヤリと夕焼け。五時半ごろ。草ボウボウの公園の中で、立方体の石塊に座り、世界を見る。子供たちの
声。母親の声。おじいちゃんの独り言。ふと気がつくと、僕の近くにある同じく石塊の上に、木の切れ端や石ころを集めている小さな男の子。大人の目から見る
と、ほぼ無意味な行為。でも素直にうらやましいと思った。もう僕は自分にとってこんな無意味なことに夢中にはなれないから。どんなにがんばってもそれが自
分にとって無意味なことを知ってしまってるから。男の子はすぐ近くにいる僕をちらちら見ながら作業を続けている。今日、大学の授業をすべてサボってこの公
園に存在している僕の頬は夕焼け色に染まる。そう、照れているのである。どういうわけか、小さな男の子の前で、僕は照れている。男の子のそばに自転車に
乗った女の子がやってくる。男の子は気づき、「遊ぼ」と言った。女の子はそのまま自転車に乗りながら「友達探してくる」と言って公園の出口に向かう。男の
子は、その子にむかって「アスカー、アスカー」と叫んだ。 ―佐藤 翔 『近所の公園から世界を愛した日』 鼻
人が大学内のトイレで大量のアレをしたことによって、バタフライ効果が生じ、時空に切れ目が生じた。切れ目からはやっぱりというか予想通りモンスターめい
た生き物が出てきた。僕はやった!次元の違うところには違う生き物がいたんだ!と感動し、ひたすらにモンスターめいた生き物たちとコミュニケーションをと
ろうとしたがこれがむずかしい。彼ら(彼女ら)はアレをした鼻人をご主人様だと思っているようで、まるで僕の存在なんか気にしていないって感じ。ふん!鼻
人にべたべたしやがって、このモンスターたちが!って言ったらやっぱり彼らってば気性が荒いらしくて、僕のほうに猛然と向かってきた。僕はひぇ〜おたすけ
〜ってさけんでしかし彼らに理想的なコミュニケーションってどんなんだろう?とたずねてみた。そしたら案外みんないいやつで、そうねーリソコミュねー、と
略すことまでしてくれて僕はなんだかうれしくなった。僕はリソコミュにはやっぱ、あれだよあれ、ほら、あれわかるでしょ?って言ったら、みんなが、わかん
ねーよ、あれじゃ。ちゃんと説明しろよって言うので、僕はモジモジしながら、ほら、あの、その、あ・・あ・・愛だよ!愛!って言ったら、みんな20秒ほど
ポカンと口を開けたまま呆然としてたんだけ、すぐに爆笑泣きをした。僕は、何?どういうことなの?その笑いの意味?って聞いたらモンスターたちはみんな一
様に、感動した!て言ってくれた。それから僕とモンスターたち24匹くらいは手をつなぎあって、セネカセネカって叫んだ。そしたら鼻人が急に自分の身体を
吸い込み始めて存在することをやめてしまった。僕らはそんなことは気にせずに、なんていうか再会のような気持ちでいっぱいだった。じゃあさーリソコミュに
愛が必要なことを原稿にしたいんだけどどうしたらいい?って僕はたずねたら、みんなはうーんむずかしいね、って言って、でもある一匹が、原稿用紙が10枚
あったらその五枚目に小さな文字で「愛」って書いたらどう?四枚目まで白紙なんだけど五枚目には、小さく「愛」ってそれだけ書いてあるの。どうかなー?と
提案し、僕らはうん!いいじゃんそれ。おまえってすげー。ということになった。みんななんだか一致団結というか以心伝心というか実際もうテレパシーが使え
るようになってた。それはやっぱり愛を知ったからだと思う。だから概念や観念をいちいち言語化する手間が省け、僕はとっても楽な気持ちだった。ただ観念が
そのまま伝わっちゃうのでやっぱり駄目だった。僕がモンスターの一匹を愛してしまったので妬みが生じることになった。妬みはそのままねじれになってまたま
た時空に切れ目を生じる結果となった。モンスターたちみんなはなんとも複雑な表情をしながらバイバイをしめすしぐさをした。僕は僕の愛が時空に切れ目を生
じさせたのか、それともそれとは関係ないのか考えていたけれど、やっぱり結論はでなかった。僕はモンスターたちのほうに手を伸ばし名残を惜しむ。しかし腕
が切れ目にひっかかったようで腕がスパッと落ちた。ほんとにスパッだったのでなんか逆にきもちよかった。切れ目が丸くなったり四角くなったりして一瞬消え
たんだけどまた開いた。ほいでやっぱまたモンスターめいたものがなんか出てきた。僕はあぁまたか、うーん、まぁがんばるかと思った。 |